こんな引退会見もありだな。そう思わせるだけの素敵な引退会見だった。
5月14日、フィギュアスケートの宇野昌磨選手が、所属するトヨタで引退会見を行った。 これが昨今行われたアスリートの引退会見の中では抜群によかったのだ。
何がよかったのか。 それは会見が行われた環境によるところが大きい。
会見が行われたのはトヨタイムズスポーツの会場 司会はトヨタイムススポーツキャスターの森田氏 宇野選手にとっては慣れた環境での会見であり、自分のテリトリーの中での会見になる。
さすがトヨタだ。やることが違う。
ホテルなど慣れていない初めての場だと、それだけで緊張する。 だが慣れた場やコントロールが効く場となると、緊張度合いがぐっと下がるものだ。 自分の土俵に持ち込んで会見を行う方が気持ちに余裕ができるといわれる。
黒のスーツとネクタイという服装は引退をイメージさせるものだったが、表情は終始にこやかでおだやかだった。
アスリートの引退会見となれば、どこかのホテルの会場が使われることが多かった。 司会は単なる進行役で、記者たちの質疑応答をうまくさばく役目がほとんど。
ところがこの会見は違っていた。 宇野選手を良く知るスポーツキャスターが、インタビュー形式で彼の引退について話を聞きだした。
彼の実績、今シーズンの成績、これまでのインタビュー映像に練習風景に至るまでをインタビューの合間ごとにスクリーンに映像で流した。 説明をしなくても、その映像を見れば彼の実績はすぐわかるし、彼がどういう人間かも一目でわかる作りになっていた。
人間は説明を耳で聞くより、映像を目で見るほうが理解しやすいものだ。
その映像を材料に、スポーツキャスターが宇野選手に的確にポイント狙って質問し、彼の魅力やその人柄を引き出していった。
だから彼からは彼らしいコメントが沢山、出てきた。 その中には自分に対して「彼はよくやったと僕は思います」というお茶目なものもあった。 「まさか自分が」という表現を繰り返した彼だが、それだけの努力を重ねてきたのだろう。 それも彼にとっては「宝物のような時間」になったのだ。
「成し遂げた」という彼だが、引退を考え始めた時期は、羽生結弦選手の引退と関係するようだ。「ずっと、ともに戦ってきた仲間たちの引退というのを聞いて、すごく寂しい気持ちと、なんか取り残されてしまったという気持ちもありました。そういったところから自分も考えるようになったかなと思います」
「取り残された」という表現が、フィギュアスケートの世界を現実を物語っている。 技術を追い求め、毎年のように変わるルールに翻弄され、試合で神経をすり減らしていく選手生活。自分の滑りたいスケートができないジレンマ。
羽生選手も引退会見で、同じようなことを口にした。
他の競技とは違う環境のフィギュアスケート。選手からプロへと転向するのは、その状況から抜け出し、表現者、演者として次にステージに進むこと、ステージが上がること。
自分が目指し目標とした人たちは、みんな次のステージに進んでいった。
だから彼は「取り残された」と感じたのだろう。
これからは、自分らしいスケートを追及できる楽しさがある。 自分の生き方にマッチするようなスケートがやれる嬉しさもある。 プロのスケーターとして「毎日が楽しくなるような、自分が心から踊るような練習がしたい」と清々しいほどのまぶしい笑顔を見せた宇野さん。
見た人がますます応援したくなるような会見だった。